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治すに非ず、
治る
に導く、
整体の祖 野口晴哉師の言葉より ── 覚王山・愛光流和明館

和
四つの観 — 整体という哲学
整体は、技術である前に、生命への眼差しです。
壱 ── 健康観
症状は、敵ではない。
溜まった疲れを排泄し、偏りをみずから調整しようとする——症状とは、身体に備わった自然の大掃除です。だから和明館では、抑え込むのではなく、経過を全うできる身体を調えます。
「風邪は、自然の整体である」
── 野口晴哉
壱 ── 健康観
症状は、敵ではない。
溜まった疲れを排泄し、偏りをみずから調整しようとする——症状とは、身体に備わった自然の大掃除です。だから和明館では、抑え込むのではなく、経過を全うできる身体を調えます。
「風邪は、自然の整体である」
── 野口晴哉
弐 ── 整体観
身体の声を、指先で聴く。
理屈より先に、触れた事実。硬結、弛緩——生きた身体の反応を指先で読み取り、適度な刺激を添えるだけで、身体は自ら整いはじめます。外から修理するのではなく、眠っている「治ろうとする力」を呼び覚ますこと。それが整体操法です。
「病気は、部分の異常に対する全体の
調整作用である」
── 野口晴哉
参 ── 生命観
心と体は、二つではない。
心身一如。いのちの働きは「気の集注と分散」のリズムであり、この波が滞りなく巡っているとき、人はもっとも潑剌としています。いのちは自然のもの——人もまた、花鳥風月とおなじ、自然の一部です。
「いのちは自然のもの。自然に反抗して、
どうして生を全うできましょう」
── 野口晴哉
肆 ── 人生観
生を、全うする。
我慢して長らえるのではなく、限りある命を、活力の限りに生き切る——野口晴哉はこれを「全生」と呼びました。健康とは、自分を楽しくし、人を愉快にし、世の中を明るくする原動力。「和明館」の明の字は、この明るさ に繋がっています。
「健康とは、世の中を明るく愉快にし、
世界をより良くする原動力である」
── 野口晴哉
WORDS — 愛光流の言葉
整うとは、自然に還ること。
愛光流に受け継がれてきた、心と体をめぐる言葉たち。
施術のかたわらで、そっと胸に置いていただけたら。
直したものは弱い。
治ったものは強い。
外から直された体は、また同じ偏りに戻ります。自分の力で治った体は、二度と崩れにくい。
だから和明館は「治す」のではなく「治る」を導きます。
直すのは、不自然。
治るのが、自然。
体には、もともと自ら整おうとする働きが備わっています。
その自然な流れに沿うことが、いちばん無理のない回復の道です。
その体は、その人の心を、
そのまま映している。
真実は、いつも表にあらわれています。体のこわばりも、めぐりの滞りも、心の状況を静かに教えてくれる手がかりです。
愛とは、
全体の調和のこと。
「愛光流」の愛は、心と体と暮らしが、たがいに調和している状態を指します。
バランスを取り戻すこと——それが、愛を取り戻すことでもあるのです。
体がゆるめば、
心もゆるむ。
心と体は、二つで一つ。こわばった体がほどけていくと、
張りつめていた心も、いつのまにか和らいでいきます。
症状は、
体が治ろうとする働き。
つらい症状も、体が自らを整えようとしている経過のあらわれ。
抑え込むのではなく、経過を全うできる体へと調えていきます。
愛光流 創始者 山本清次 心身講座より
MENU — 四つの調え
花鳥風月、
それぞれに調えの道がある。
「人を取り巻くすべてが、健康に関係している」——和明館の観方です。四つの営みを、自然の四つの美になぞらえて。
HANA — ひらく
花
整体操法
つぼみがほどけるように、身体がひらく。全身の急処を丁寧に押さえ、椎骨と息を調整。自分の力で還れる身体を育てます。
TORI — かるく
鳥
酸素カプセル
鳥のような軽やかさを、細胞から。五輪代表選手も使用する高気圧カプセルで、酸素をすみずみまで届け、回復を後押しします。
KAZE — ながれる
風
風水鑑定
住まいを吹き抜ける氣の流れを調える。一日の大半を過ごす場所こそ、身体を支える見えない土台です。
SEASON — 季節と身体
身体は、季節とともに移ろう。
お腹が空いたら食べ、眠くなったら眠る。頭の計算ではなく、身体の自然の要求に従うこと。そして身体は、季節の変わり目にこそ大きく入れ替わります。和明館の調えは、暦とともにあります。
立春
春分
立夏
夏至
立秋
秋分
立冬
冬至
季節の節目のメンテナンス通院や、暮らしの中での過ごし方も、お一人おひとりの身体に合わせてご提案しています。
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